her/世界でひとつの彼女

“人間以外のものとの恋は甘美です。
セオドアの場合はたまたまAIだったけれど、ゲームやマンガ、小説にアニメ、アイドル、そして映画といった二次元ものやフィクションものの登場人物に恋した覚えのある人なら、彼の気持ちはきっと分かるはずです。
二次元世界の恋人たちの大きな特徴は、年をとらないことです。僕を(私を)否定したり、判断したりしないこと。そして、ふれることができないことです。姿かたちが変わりもしなければ、心も変わらない。肉体もない。そんな相手に恋することは、一人遊びに他ならない。二次元世界の人物を恋人にした覚えのある人は、その恋をきっと人には明かさずに、自分だけの胸にしまって内緒にしていたことだろう、一人遊びとは自分の性癖、自分の欲望そのものだからです。
サマンサとセオドアの場合はどうだろう。AIであるサマンサと、人間であるセオドアの恋愛は、徹底して言葉のやり取りにならざるを得ない。キスも抱擁も、手をつなぐこともできない。それでも彼は彼女に夢中になる。彼女の声に、知性に、なによりも心に恋をする。会話によるセックスまでしてしまってからは、普通の恋愛映画となんら変わらないようにさえ見えてきます。
セオドアはサマンサをポケットに入れて晴れた休日の海辺を散歩し、夜のショッピングモールをぶらつき、共に音楽を聴く。特別な場所へ行かなくとも、特別なことをしなくても、あなたと一緒にいるだけで、楽しいです。それはまさに恋人たちの姿そのものだ。たとえ彼女がスマホ的な形をしていてもです。彼らが会話して、愛し合って、喧嘩して、仲直りする姿をひとつひとつ細やかに描写することで、二次元世界の“一人遊び”ではない、二人でしかできない遊び、すなわち“恋愛”が見えてくる。いや、サマンサが肉体をもたない存在であるからこそ、よりくっきりと迫ってきます。
セオドアは別居中の妻キャサリンとの離婚を決意し、サマンサとの恋愛関係を友人知人に宣言。人生について前向きな気持ちを取り戻す……と、ここでエンディングを迎えていたら、本作は一風変わったラブストーリーにして、ひとりの男の再生劇として、より幅広い観客から受け入れられたかもしれないです。”

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